国内外において様々な事象が波乱を含んで推移する昨今、私共は新たに機関紙『フォーラム行財政監察』を創刊する運びとなりました。本紙発刊の端緒は、社会に対して同じ憂慮を抱く個人や団体が多数存在する中にあっても、それらの活動が旧態依然とした専門家集団や、体裁を取り繕う者たちの集まりに留まっており、しがらみのない一般市民による真の連帯が欠如しているという現状認識にあります。
発刊に先立ち、本会の主旨と理念、今後の展望および方針についてご賢察いただき、各所のご理解とご協賛を得て、ここに発刊の運びとなりましたことをまずもってご報告申し上げます。本稿は単なる発刊の口上ではありません。私共がこれから何を見据え、誰の代弁者として歩むのか――その輪郭を、できる限り平明な言葉で書き残しておくための一文です。
現状認識と識者への警鐘 ――無関心という名の罪
我々はまず、一つの厳然たる事実を直視しなければなりません。好むと好まざるとにかかわらず、人間はすべて、一部の「識者」と称する者たちを含めた議論の外で成立した法律であっても、その時の権力者が制定した法の下で生きてゆかなければなりません。法の中には、権力者にとってのみ都合の良い法も少なくありません。地位、財産、権力を持つ者にとっては、国民にとっての「悪法」であっても、彼らには何ら影響が及ばないのが現実です。たとえそれが我々の首を絞める不条理なものであったとしても、その軛(くびき)から個人が逃れることはできません。
政治や法律は、我々が絶えず吸っている「空気」と同じです。生きていくために絶対に必要なものであるにもかかわらず、いざ息苦しさや生命の危機に直面しなければ、その存在の重みやありがたみに気づこうとしないのが人間の性(さが)です。日々の暮らしが穏やかであるほど、政治は遠景に退き、法律は他人事になります。しかし、その遠景の中で、知らぬ間に我々の足元の地面はゆっくりと傾いてゆきます。
世の出来事に対する評価は、人々の立場によって「善」とも「悪」とも解釈され得ますが、大半の国民は「良きものは良し、悪しきものは悪し」という普遍的な道徳観を共有しています。然るに昨今、現場の実体験を持たない一部の著名人や、コメンテーターと称する識者が、自らの発言が及ぼす影響力の大きさに無自覚なまま世論を導いています。これは、教職課程を修了しただけで実社会経験も無い者が、将来の日本を背負って行く青少年達を教え指導している事の怖さと変わりません。
彼らは机上の空論を振りかざし、特権的な地位や名誉に胡座をかいて人々を翻弄しています。平然と白を黒と言い包め、何ら責任を負おうとしません。そのような無責任な者たちがどれほど集まろうと、現状は変わりません。これは国民に対する明らかな軽視であり、もはや正論が通じる術すら失われつつあります。むろん、真摯に襟を正し、恥を忍んで汗をかいておられる方々が存在することも承知しております。本紙は、その方々を貶めるものでは断じてありません。むしろ、その存在に光を当て、共に歩むための場を用意したいと考えています。
本会の理念と「真の主役」たる皆様へ
ここで明確に宣言いたします。本会の主役は、決して「会」そのものではありません。主役は、この趣旨に賛同し、自らの意志で集った皆様方一人ひとりです。本会は誰かを神輿に担ぐための装置ではなく、神輿そのものを必要としない議論の場です。
『行財政監察』と名乗るからには、我々には明確な使命があります。年間数十本の法案が、それぞれの委員会で僅かな人数の簡単な議論により、国民の眼耳に触れずに法律として制定されている現状を見過ごせません。詳細は法律として制定されてから調べないと分からず、中には予算が伴わなくとも重要な法案や、国民の意志や思いと全く乖離した方向を目指している法案も有ります。我々の目指す処は、国民が気づかない処で粛々と何気なく制定されている新法や改訂法に注視する事です。
本会は、上意下達で何かを主導する組織ではありません。集まった皆様自身が事案を考え、自らの手で作り上げていくための実践の場です。我々運営側の人間は、ただひたすらに泥臭く、現場の生の声を拾い上げる「黒子」に徹します。光が当たるべきは事案を持ち寄った市民自身であり、運営はその声が散逸しないよう、ただ束ね、整え、宛先まで届けるという地味な仕事に徹します。このような事案に対しては、会に集まっていただいている皆さんに、会から提案し意見を頂く事も有ります。
会の本来の役目は、皆様から数多く寄せられた事案を厳正に精査し、会員の同意を得た上で、関係各所へ皆様に代わって伺いを立て、陳情を届け、そして明確な答えを受け取ってご報告することに他なりません。
「眠れる一票」という巨大な力
「自分一人が一票を投じても何も変わらない」と政治への関心を放棄し、一時的に権利を温存している層は、約1.2億人の総人口の内、有権者約一億人、その内実に40%強を占めています。この現状を変えなければなりません。これまで政治から目を背けていた方々が、自らの頭で考え、声を上げ、その訴えが社会に届くという「確かな手応え」を一度でも感じることができれば、必ずや意識は変わります。この膨大な数の「眠れる一票」が結集すれば、社会の趨勢を根底から覆す巨大な力となるのです。
本紙が想定する読者は、政治評論を消費する玄人ではありません。日々の暮らしの中で、ふとした違和感や疑問を抱えながら、それを誰に問えばよいのか分からずにいる、ごく普通の市民です。我々はその「ふとした違和感」を軽んじません。それは、空気の濁りに最初に気づく者の感覚に等しいからです。
責任ある異論への姿勢
本会および会員が行う正当な活動に対し、万が一異議を唱える者がいるならば、匿名や無責任な安全圏から石を投げるのではなく、自らの身分を明かした「責任ある立場」での発言や指摘ならば、我々はその重き尊い言葉として頂戴したいと存じます。我々は真摯な批判から逃げることはありません。むしろ、そうした批判こそが本会の議論を鍛え、独善に陥らせない最良の薬であると心得ております。
但し、署名なき罵倒、揚げ足取りの引用、出所の不明な伝聞による誹謗――こうしたものについては、これを「声」とは認めません。それは議論ではなく、議論を成立させまいとする妨害だからです。本会は、責任ある異論には頭を下げ、無責任な攻撃には背を向けます。この線引きを、創刊にあたりまず最初に明らかにしておきたく存じます。
政治家が負うべき重責
国民の負託を受けた政治家は、選挙民との真摯な契約である「公約」を掲げ、国会に送り出された代理人に過ぎません。我々は議員を知名度、容姿・年齢・話術等で選んではいけません。国民にとってたまに辛苦が伴う事も有りますが、少しでも生活を良くするには、負わなければならない個々の責任が伴います。こんな正論を吐ける人物を、自分達の代理人として国会に送り出すべきなのです。
政治家一人が数十万人の国民の生活や未来を背負うという緊張感を片時も忘れてはなりません。権力は決して私物化されるべきものではなく、国民の「生きる権利」を仮託されたに過ぎないという原点に立ち返るべきです。万一にもその責務に反すれば速やかに職を辞し、命を賭して矜持と責任を全うする覚悟が求められます。送り出した議員が歴史に名を刻むべき誇りを示すよう、私たち有権者の側もまた、見守る責任を負っています。
本紙は、特定の党派を支持することも、特定の政治家を持ち上げることもしません。代わりに、公約と現実の乖離、議事録と発言の齟齬、答弁の論理破綻――そうした「事実の照合」だけを淡々と積み重ねてまいります。判断するのは、いつも読者である国民の側です。
行政・財界への敬意と真摯な対話の希求
一方、我が国の繁栄の礎を築き、法治と生活のために日夜寝食を忘れて献身されている各省庁の公務員の皆様、ならびに、たゆまぬ企業努力を通じて経済を牽引し、国民生活に直結する場を提供されている財界・経営者の皆様に対し、私共は深い敬意と感謝の念を抱いております。本紙は監察を名乗りますが、それは敵視ではありません。敵視からは、真の改善は生まれないからです。
その上で、守秘義務や企業秘密に抵触しない範囲において、一般国民には知り得ない業務の真実について、真摯な対話を求めたく存じます。メディアの偏向や難解な専門用語を介するのではなく、素朴な疑問や「なぜ現状のままではいけないのか」といった根本的な問いに対し、直接的かつ平易な言葉で真実を教えていただきたいのです。
役所の言葉、企業の言葉、そして専門家の言葉は、それぞれの世界では正確であっても、市民の生活感覚との間に大きな翻訳の溝があります。本紙はその溝に橋を架ける役割を担います。質問する側も、答える側も、互いに「面倒な存在」と思わぬ関係を、時間をかけて築いてゆきたいと考えております。
活動方針および「真の国民会議」の構築
本会が目指すのは、現場の実態を知らぬ有識者がデータのみで語る机上の会議ではなく、現場の生きた声を集約する「真の国民会議」です。以下、その活動方針を六項目に整理して明示いたします。
- 政治に関心を持ちながらも投票行動に至っていない層に対し、広く啓発を行い賛同を募る。
- いかに素朴で幼稚な疑問であっても、傲慢な態度を排し、直接的な対話と回答が得られる集いの場を提供する。
- 陳情の代行を通じ、回答を直接得るとともに、関連事項については機関紙等を通じて広く報告する。
- 企業機密、個人情報、ならびに会計報告等に関する守秘義務を厳格に遵守する。
- 「票の数は力」であり、その力が社会のすべてを正常化し得るという事実を広く周知する。
- 本会の趣旨に賛同いただける方々より、月額でお茶代(1〜2杯分)程度の少額の活動協賛金を賜る。
第六項について一言補足いたします。協賛金を少額に留めるのは、本会が特定の財布によって左右されない独立性を保つためです。お茶代一杯ぶんの賛意が一万、十万と束ねられたとき、その総和は、いかなる大口寄付者の意向にも勝ります。少額・多数こそ、本会が立脚する経済基盤です。
結び ――声が社会を動かす「手応え」のために
私共は、これまで投票に向かわなかった無数の市民の「本音」を掬い上げます。いかなる政策であれ、常に30%前後の反対意見は存在し、万人の賛成を得ることは不可能です。しかしながら、せめて70%近い国民が賛同し得る、あるいはそれに近い意見を共有できる社会へと国を近づける努力は不可欠です。
本会は、その実現を目標に掲げ、生きた協力を実践し、皆様の声が確実に社会を動かす「手応え」を創出する集団として邁進する所存でございます。「自分の一票では何も変わらない」という諦めを、「自分の一言が宛先に届いた」という小さな実感へと置き換えていく――その積み重ねの先にしか、健全な民主主義は再生し得ません。
創刊号の本稿は、私共からの自己紹介であり、同時に皆様への招待状でもあります。次号より、市民から寄せられた事案、陳情の経過と回答、そして無責任な空論を排した取材記録を、順次お届けしてまいります。読者である皆様こそが、この機関紙の真の編集者であることを、最後に改めて申し添えます。