法律はテレビの中継カメラの前で、議員の起立によって可決される――そのような華々しいイメージで語られがちです。しかし実際の立法現場の大半は、もっと地味で、もっと静かで、もっと短時間です。法案の実質的な議論は委員会で行われ、本会議に上がる頃には大勢がすでに決している。これは制度の不正でも怠慢でもなく、議会運営の合理化の結果として広く受け入れられてきた現実です。
「数十本」の意味するもの
通常国会と臨時国会を通じ、年間に成立する法律は新法と改訂法を合わせて百本前後にのぼります。その一つひとつが、誰かの暮らしを微妙に動かします。にもかかわらず、報道で名前を聞く法案は、一年を通じてもごく一部に限られます。残された数十本――名もなき法案たちは、どこへ消えてゆくのでしょうか。
消えるのではありません。それぞれの委員会で、必要な手続きを経て、確かに成立しています。問題は「成立してから初めて中身を知る」という構造にあります。詳細は法律として制定されてから調べないと分からない。中には予算を伴わなくとも重要な法案もあれば、国民の意志や思いと全く乖離した方向を目指している法案もあります。
なぜ「静か」になるのか
第一に、技術的すぎる法案は、メディアにとって扱いにくい題材です。視聴者の興味を引きにくく、要約も難しい。結果として、報道のフィルタを抜けて市民に届く前に、議論の鮮度が失われてしまいます。
第二に、与野党対決の構図が成立しない法案は、政治ニュースとしての劇性を欠きます。賛成多数で粛々と通過する案件は、新聞の見出しにも、テレビの尺にも、ほとんど現れません。
第三に、議員自身もまた、すべての委員会の動向を把握しきれていません。所属する委員会以外の議論は、議員にとっても他人事になりがちです。これは個人の怠慢というよりも、現代の立法量に対する制度の追いつかなさを示しています。
本紙が見届けるべきもの
本紙『フォーラム行財政監察』は、可決された法律を後追いで批評するための媒体ではありません。可決される前の、まだ「条文案」と呼ばれている段階の法案に視線を注ぐ媒体でありたいと考えています。
具体的には、(一)予算を伴わないが日常生活に影響する法案、(二)既存法の小幅な改訂に見えるが運用上の意味が大きい法案、(三)名称が抽象的すぎて市民が判断できない法案――この三類型を中心に、委員会の議事録を読み解き、平易な要約を市民にお届けします。
監察は、敵視ではありません。粛々と仕事をされている議員と官僚の皆様への、敬意を込めた「見届け」です。誰かに見られているという緊張感が、議論の質を一段引き上げる。私共はその、ささやかな緊張の源になりたいと願っています。