「自分一人が一票を投じても何も変わらない」――この実感を持つ有権者は、決して少数派ではありません。日本の有権者およそ一億人のうち、選挙ごとに棄権するのは40%強。約四千万人にのぼります。これは特定の政党を支持していないからでも、政治を嫌悪しているからでもなく、多くの場合、ただ「届かない」と感じてしまった結果としての沈黙です。
誰が棄権しているのか
棄権者を一括りに語ることはできません。仕事や家庭の都合で投票所へ足を運べない人もいれば、候補者を比較する情報が手元にないと感じる人、そもそも公約の差異が分からないと諦める人もいます。共通しているのは、「自分の判断が、確かに何かに作用する」という手応えを得たことがない、という点です。
無関心の人もいるでしょう。しかし、本紙が想定する棄権者の多くは、無関心ではなく「関心はあるが、表現の方法が分からない」層です。彼らはニュースを見ます。家族と政治の話をします。だが投票所までは行きません。これは怠惰ではなく、信頼の枯渇です。
四千万という数字の重み
仮に棄権者の半数――二千万人が投票所に向かったとします。それは過去のどの選挙でも見たことのない地殻変動を意味します。現職と新人の力関係は組み替えられ、これまで「組織票」として安定していた議席の多くが流動化します。政治家は、新たに動き出した二千万人の輪郭を読み取ろうと、必死に耳を澄ますようになるはずです。
棄権は、権利を捨てたわけではありません。一時的に、他人に判断を委ねている状態に過ぎません。委ねられた側は、その判断を慎重に行う義務を負います。しかし、委ねた側がいつそれを「取り戻すか」は、委ねた側自身が決められます。四千万人の権利は、いつでも取り戻し得る預金のようなものです。
「手応え」をつくる ――本紙の役割
意識を変えるのは、説教でも煽動でもありません。「自分の声が確かに宛先に届いた」という小さな実感です。本紙『フォーラム行財政監察』は、その手応えを設計するメディアでありたいと考えています。
読者から寄せられた素朴な疑問を、関係各所に届ける。返事を受け取って、要約してお届けする。場合によっては、回答を保留した相手にもう一度問い直す。地味な往復書簡のような作業の積み重ねこそが、「自分の一票では何も変わらない」という諦めを、「自分の一言が宛先に届いた」という小さな実感へと置き換えていく唯一の方法です。
四千万の眠れる一票が、目を覚ますとき、社会の風景は確かに変わります。本紙は、その目覚めの、ささやかなきっかけになりたいと願っています。